彼の家に行く時は、決まって彼の所有する野菜畑の横を通り抜けるのが日課だった。
少し離れた所に畑がある為、遠回りをする事になるのだが、彼が育てた野菜を端々まで満足するまで眺める事が出来るのなら、それでも構わなかった。そのお陰で到着予定の時刻が過ぎてしまうのだが、元より彼は時間を気にしない性質なので、何も聞かずに迎え入れてくれる。
今日も遠回りをして彼の野菜畑へ顔を覗かす。私を出迎えてくれたのは、やはり若々しく育っている野菜達…
「あ、!」
ではなく、そこの畑の持ち主の彼だった。
軍手に大きな麦藁帽子、少し土で汚れた作業服を着こなしている。人好きするその笑みに、まさか彼がここにいるとは思ってもなかった為に吃驚した私はしかし、その笑みにつられて微笑んでいた。
「そっか。この時間って収穫だったんだ」
「今日はちょっと遅れてしもうたんやけど」
「なあに? またシエスタで寝坊でもしたの?」
途端「そんな訳ないやろ〜」と気を悪くした様子もなく、いつもの間延びした声が私を包み込む。ああ、なんと心地良いことだか!
私はそのまま彼のいる元へ行こうとすると、「今行くから待っとき!」と彼にしては珍しく慌てた様子で叫んだ。しかし慌てた結果、彼の足元に置いてあった籠に足を引っ掛け、籠の中のトマトが一面に広がった。また更に慌てた様子でトマトを拾う彼の姿が可笑しくて、私は笑いながらやっぱり畑へ向かった。その際可愛らしく着飾った服が汚れるが、そんなもの気にしなかった。彼は気にしてくれたが。
「ちょ、、あかん! 服が汚れるやろ」
「いいの。それにアントーニョを手伝いたいの」
「俺は大丈夫やから」
「大丈夫だって言葉は全部トマトを拾ってから言ってよね」
そうしてつま先にあったトマトを数個拾い、丁寧に籠の中へ入れていく。彼は情けなく「すまんなぁ」とへにゃりと笑うと、拾うのを再開した。
トマト達はすぐに拾い集められ、私達は早々に畑から出た。しかしすぐに彼の家に向かった訳ではなく、畑の近くにある水道で先程拾ったトマト達を洗い、その内の二つを二人で食べながらゆっくりと歩いていた。
「ごめんなあ。俺があんなかっこ悪い事したから、の服汚してしもうた」
「私がしたかったから、アントーニョの所為じゃないよ」
「でも…」
「もう。私が気にしないって言ったら気にしないの!」
白のワンピース。本当は結構気に入っている服だけれど、彼と一緒だと思ったら汚れまで愛おしく感じられた。彼は私がそう思うほど彼の事を愛しているだと言う事を、どうして判らないのか!
しかし彼は「せや!」と続けた。
「服汚してしもうたお詫びに、一緒に風呂に入るで!」
その言葉にどれほどの意味が込められているのか。否、決してこの人はそんな事考えてもないだろう。だってやっぱり彼は笑って、私の手を強く握っているのだから!
トマト畑で
(どないしたん? 顔真っ赤で。トマトみたいや!)(このお馬鹿!)
Written 10.05.3
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