Please Call Me
「こんにちは。陛下のブウサギさん達の散歩係さん」
こんな妙で、しかも長ったらしいあだ名で呼ぶ人は一人しかいない。
ゆったりと振り返ると、日傘を差してにっこりと微笑んでいたのはさんだった。
「変なあだ名で呼ばないで下さい」と言ってみる。言っても無駄だとは思うが…。
予想通り、彼女は、変じゃないわ、と言い返しただけだった。
「今日も大変ね」
「そうですよ。もう暑くて暑くて」
「あなたじゃないわ。この陛下のブウサギさん達の事よ」
「…普通は人間を心配しませんか?」
「ふふっ。その前に陛下のペット達の方が心配よ」
だって一国の皇帝の可愛いペット達だものね。
そんな返事を聞いて、今更ながら陛下の偉大さ、そして人望の厚さに感心する。
普段はあんな陛下だが、だが国民はそんな陛下をいたく信頼している。
…本当に、普段の陛下からじゃ考えられないが。
さんは日傘をくるりと回して、足元によってきたブウサギ達を一匹一匹撫でて行く。
「暑いでしょう?さあ、おいで」
一声鳴いて、一匹―――サフィールがさんの膝の上に自身の頭を乗せた。
それに釣られてか、他のブウサギ達もさんの膝元にかけよってくる。
彼女はあらあら、と困ったような声を出して、しかし顔は楽しそうに笑っていた。
俺はそんな彼女の姿に、思わず笑みが零れてしまう。
「さんはこれからどちらに?」
「お友達にお茶会を誘われているの。今からそのお友達の所よ」
お茶会か。よくナタリアが屋敷に乗り込んできてまでお茶会を開いていた。
今はどうなっているのか分からないが、とにかくしてないだろうとは大体分かる。
今のルークの状態じゃ、それどころじゃないか。
さんは俺の視線に気付いたのか、俺を見上げた。
彼女の瞳には、俺が映っているんだろうか。そう思うと、顔が火照ってきそうだ。
「ねえ、散歩係さん。貴方もお茶会に来ない?」
ドキン。胸が躍った。彼女にそう言われた事に、何一々嬉しそうに反応するんだ、俺の胸。
行きたいに決まっている。彼女の隣に俺が座って、悠々とお茶ぐらい飲みたい。
だけどそれは決して叶わない夢だ。
そんな簡単に彼女の隣に座れるわけがない。現実を見ろ、ガイラルディア・ガラン。
そうだ。俺は女性恐怖症なんだ。さんの隣に立つどころか、まともに近寄れないじゃないか。
俺よりも、もっとお似合いの方が、さんにはいるっているのに…。
「そんな楽しいお茶会に、俺なんかが行ってどうするんです」
「大丈夫よ。お友達はみんな優しいもの」
ああ、そんな優しさを俺に与えないでください。
貴方の優しさに、俺はしがみついてしまいそうで、怖いんです。
俺は思わず笑った。
「いいえ。俺と貴方とでは釣り合いませんよ」
彼女はそうかしら?と首を傾げた。
そうして彼女は口を開きかけ、そして途端に口を閉じて嬉しそうな顔をした。
後ろを向くと、彼女のお似合いの方が歩いてきた。
「様」
「まぁ!フリングス将軍!」
―――彼の名前は、呼ぶんですね
彼、フリングス将軍の名前を呼んだ後、俺の横をすっと通り過ぎてしまう。
数歩後ろにいたフリングス将軍は、俺に気付くと頭を下げて挨拶をした。
それにさんが振り向き、俺に手を振った。
「またね、散歩係さん」
それだけを言い残して、さんは彼と共に去っていった。
俺はただただそんな後姿を、黙って見送るしかなかった。
貴方が好きだと言えば、この気持ちは楽になれるのだろう。
だけど、それは到底無理だ。
だったら、せめて―――
―――せめて、俺の名前だけでも呼んでください。
Please Call Me
Witten by Yukino Enka.
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