新婚さんの食卓

顔を俯かせ、肩が震えている目の前の彼女に、ガイは「あー」や「うー」と謎のうめきを上げる。
困った困った、とポリポリと頭を掻くが、状況は何ら変わりはない。
ちらりと彼女を見やるが、未だ彼女は顔を上げていなかった。
ずい、と差し出された両手にあるものを受け取ればいいだけの話だ。
しかしそれが出来ないでいるから、こうして悩んでいたものだが。
とにかく彼女は何が何でもガイに受け取ってもらいたいらしい。
こうしてかれこれ何十分経っているか、ガイにはもう分からなくなった。
だが一つ言える事は、この冷や汗が相当流れているのは確かだ。

「…えーっと」
「いいの!!すぐに捨てたって構わないから!!」

と言われてもそれが出来ないんだってば。
しかしそれは更に彼に向けて差し出された両手により、口に出来なかった。
ひぃ!!!と怯えあがるガイには見向きもしないで、更に彼女は言葉を繋げた。




「だからせめてこの豆腐料理食べて!!!」




と言われて突き出された豆腐に、ガイは立眩みを起こした。






新婚さんの食卓






プルン、と動く白の物体は、それはまさしく輝かしい光を発していた。
少し大きめの皿に申し訳程度にちょんと置かれた姿は愛くるしい。
だが!だがしかし!!
ガイはすぅ、と息を吸い込み、けれどそれを目に入れた途端「う゛!」と言葉を詰まらせた。

「だ、駄目だ!!俺には無理だ!!!」
「そんな事ない!!そう思ったら何も出来ないわ!!!」

そりゃそうだろうが…。
白の物体とという組み合わせに、数歩後ずさりした。
しかしその分も数歩ガイへ歩みよる。

「大丈夫よ!!!豆腐の角で頭打って死ぬよりマシだから!!!」
「いや、それは出来ない事で―――ひぃ!!!」

嗚呼、今の自分を鏡で見たらきっと情けない姿なんだろう。

「ほら!!」
!やめ…ッ!!」
「鼻を摘まんで一口で食べれば問題ないわ!」

そう言う問題なのだろうか。
確かにガイが苦手とするのはその味と触感だ。
の言う通り、鼻を摘まんで一口で食べれば味の方は問題ないだろう。
だが触感はどうだ。あのつるっとした口触りはなくなるはずがない。
いや、豆腐を噛まずに飲み干せばそれはなくなるか。
ゴクリ、と生唾を飲み込み、そろそろと白い悪魔に手を伸ばした。

―――だが

だが今気取ってもそこから先は地獄だ。間違いなく豆腐を食べさせられる。


まさしく地獄絵図だ。


ならば今ここで精一杯の抵抗をしておいた方がまだ寿命が数分は延びるだろう。
今この場にはガイとしかいない。変な横槍は入らないはずだ。
伸ばしかけた手をまたそろそろと降ろした。は首を傾げる。

「どうしたの?」
「い、いや…」

そこでハッ、とガイは思いついた事を言ってしまった。
それは聞いてはいけなかったと後悔する羽目となる事を、その時のガイは知らなかった。

「だ、旦那…っ!豆腐ならジェイドの好物だろ!何でジェイドにやらないんだ?」
「そのジェイドからもらったお豆腐よ」
「なに!?」

待て。今何て言った。ジェイドからもらっただと!?
だとしたら生存率は極めて低いじゃないか!
つい見た目で普通の豆腐と判断してしまった!

「?ガイ??」

怪訝に眉を顰め始めたはもう見えない。ガイの視界には例の白い物体しかなかった。
今度は恐怖の冷や汗が出てきたが、それすらも気付いてなかった。

「やっぱり無理だ!!普通の豆腐ならまだしも!!!」
「なに言ってるの!!!ガイならいけるわ!!!」
「無理なんだ!!!旦那の豆腐には嫌な思い出しかないんだ!!!」

旅の途中で目にした豆腐にはいい思い出が一つもない。
爆発する豆腐なんて聞いた事なかったぞ!

「だから、俺には―――」

無理だ、といいかけた口は、そっとの唇で閉じられた。
ふわりと香るの香りに、くらりと目眩がする。
顔を離したは、呆然とするガイを見ては優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。あなたなら出来るわ。ガイラルディア」
「…
「妻の私が保証するわ。ガイは出来る人よ」

だからね?と首を傾げられて、ついにガイが折れた。
はぁ、とため息一つ付き、そうしてあきらめたように笑う。




「………ああ。やってみるよ」


















「―――と見栄を張って全治一ヶ月か」

パサリ、と書類を投げ出して、興味なさげに目の前の幼馴染を見上げた。
彼は「はい」と機械的な声で返事をした。

「全く。ガイラルディアの豆腐嫌いを治すどころか、死に掛けだぞ」
「それは運が悪いだけでしょう」

まったく反省している態度ではないが、彼は元からこういう人物だ。咎めたって今更だ。
かく言うピオニーすらも、今の状況を楽しんでいるのは事実だ。
しかし、とジェイドが言葉を続けた。

「私の予想では全治一週間だったんですがねぇ」

流石ガルディオス伯爵様の妻ですね。
そんな言葉に、ついにピオニーは何も言わずに黙って仕事に取り掛かった。
Witten by Yukino Enka.

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