窓際の淵の席
窓際の淵の席
必ず、というほどではないが、決まって私は図書室に出入りしている。
何気ない顔でふらりと入り、気に入った本を見つけては、窓際の席に座って読む。
閉室の時間が迫ると、その本を借りてまた家に帰って読む。
部活動もあるから時間があまりないけど、うちは気楽なもので、ミーティング10分で終了。
文化祭が迫ると練習はするけど、それでも打ち合わせをしたり確認したりするだけ。
何故それでいい劇が仕上がるのか。学校の七不思議の一つに取り上げられていたりする。
今日も勿論、いつものように図書室で本を読んでいた。
部活は中止だった。部長の妹が事故で病院に運ばれたから急遽中止となった。
いつもよりも早くに来たからか、図書室はまだ昼間の太陽の光に照らされていた。
夕日の色しか知らなかった私は、しばらくぼぅ、と突っ立って、我に返り本を探す。
たまには初心に帰り…。とギリシャ神話の本を手に取った。
一年生の頃から読んだきりだったその本は、久しぶりに手にとって見ると結構重たかった。
そしていつもの席に座る。オレンジ色の照明が、今日は眩しい白の照明で少し目を細めた。
ふと、前の席で音が鳴った。ちらりと見ると、私が良く知っている人物が座っていた。
そう、観月君だ。
びっくりして目を見開き、慌てて本に目線を戻す。
彼は鞄を置き、既に見つけていたのか、ドイツ文学の厚い本を読み始めた。
嫌でも観月君が視界に入る。昼間の太陽に照らされながら読む彼は、絵になっていた。
落ち着きと知性が滲んでいる。気を抜いたら彼をまじまじと見つめてしまいそうだ。
それから時間の流れが遅く感じた。
本当は何十分間だけだったのだろうけど、私は何時間にも感じた。
パラ、と観月君の長い指が一ページ捲られる度に心臓が跳ね上がっていた。
閉室の時間まで彼はいて、読みかけていた本を借りていった。
さっきまで観月君が座っていた場所から、目が放せなくなっていた。
今日も勿論ながら部活はない。
どうやら軽傷で済んだらしいのだが、頭をぶつけたからしばらくは病院通い。
過保護な部長は、心配だから一緒に行く、と言い出して聞かなかったらしい。
それだけで部活を取りやめるなんて、一体どこまで過保護なのか。
副部長が今日も頭痛がするとか言って、保健室まで頭痛薬を取りに行った。
また太陽の白い照明の時間帯に来れて、少し心が弾み、本を抱えて定位置に着く。
自然と昨日観月君が座っていた席に目が行ってしまう。彼は来てなかった。
ほっとして、でも残念さと寂しさが心のどこかにあった。
パラ、と本を捲る。昨日の観月君じゃないが、ドイツ文学の本を手にとってみた。
正直ドイツ語は得意じゃない。フランス語しか自主勉強していなかったからだ。
観月君がドイツ語を勉強していたなんて、昨日知ったばかりだ。
パラ、と捲り、溜め息が零れた。取り敢えず分かるのは分かるのだが、複雑だ。
多分四日で半分。これ一冊読みきるのに最低一週間とちょっと。
はぁ、と溜め息をついて、ついに読み始める。
ふいにガタ、と前の席で音が鳴った。まさか、とちらりと前を見ると、観月君がいた。
今度は何か使い込んだ後の相当分厚い本を鞄から取り出し、読み始めた。
あんな本は見た事がない。人からの借り物だろうか。
パラ、と観月君が本を捲り、読みふける。私も見習うかのように手元の本を目をやる。
ちらっと観月君が私を見た気がしたけど、訳するのに必死だった私は気が付かなかった。
今日は部活があって、しかも珍しく部長が張り切って練習をしていた。
何でも寸劇の練習、とかでみんながみんな何かしらアドリブで話を作っていった。
寸劇だからそんなに時間は掛からないけど、それを何十回もやると流石に疲れる。
息切れをしながらみんな家路に着く中、私はやはり図書室に向かっていた。
流石にこの時間は夕日となっていて、図書室に入るとオレンジ色の照明に照らされる。
この二日間、この照明に当てられてない事に気付き、少し嬉しくなった。
昨日借りたあの本を手にとって、定位置まで行く。観月君は既にそこにいた。
今日もあの分厚い本を読んでいた。昨日とは少し違ったが、昨日と同系の本だろう。
そっと音を立てないよう、椅子を引き、すとんと座って初めて気付く。
目の前にいる観月君が寝ていた。
本―どうやら医学書らしい―を膝に乗せ、すぅ、と眠っていた。
彼の隣の席にはテニスバック。さっきまで部活をしていたのだろう。
どうやら相当眠たかったらしい。多少の音でも起きなかった。
これは幸い!と身を乗り出して観月君の顔を観察する。
テニスをしているとは思えないほどの肌の白さ。
まるで女子みたいな長い睫毛。
さらさらで綺麗な、真っ黒い髪。
気が付けば、私は観月君の頬に触れていた。
生きているはずなのに、当てている手は冷たくて。
生きているはずなのに、まるで呼吸をしていないかのようで。
私の手の熱を、奪っていっているよう。
まだ夢の中であろう観月君の唇に、そっと口付けを一つ。
「…観月君」
ずっと好きだっていっても、迷惑だよね。
私の気持ち、分かっているかな?
分かっていても、今はまだ……
「……好き。観月君」
今はまだ、分からないで。
Witten by Yukino Enka.
-Powered by HTML DWARF-