狂った愛情

 彼は気に入らない事があれば、物に当たる傾向がある。取り分け彼の得意分野、テニスにおいてはそれが顕著になる。
 例えば彼が組んだ特別メニューであまり成果が出なかったり(それでも昨日に比べると上達している)、練習試合で相手に点を取られたり(結局は彼が勝つのだが)
 とにかく彼は自分主義なのだ。自分が一番で、自分自身に絶対の自信がある。
 だから、こうして私みたいな弱者を這い蹲らせて、痛めつける事が楽しいみたいだ。

「ああ、さん。今日は早かったですね」

 いつもよりも1分28秒早かったですよ。と彼にしては珍しい笑みで言われて、少し安堵の溜息を付いた。
 この間は規定より3秒遅れたらしく、いつもよりも随分とぞんざいにされた。
 たったそれだけなのに、どうして私はこんな事で一々安堵してしまうのだろうか。結局これから行われる事自体はいつもと変わりないのに。

「さあ、こっちに来なさい」

 言われた通りにゆっくり近付く。カタカタ。震える足を叱咤しながら。一歩、一歩。
 素直な私に、彼は嬉しそうに笑って、その長い足で私のお腹を蹴り上げた。
 痛みに目を見開き、床に転がる私を更に彼は背中にも一発入れた。
 ゴリッ。嫌な音が響く。

「ぅああっ!」
「んふっ。やっぱり貴方の悲鳴は最高ですね」

 そのまま背中を踏みつけられて、背骨がゴリゴリと嫌な音を何度も立てた。
 いくら人気がないとは言え、誰がここを通るか判らない。零れ落ちる悲鳴を、唇に犬歯を立てて防いだ。
 幾度か背中を踏みつけた後、無造作に彼は私の髪を掴み、そのまま上に引き上げる。
 
「ぅ…!」
「駄目じゃないですか、さん。貴方の綺麗な唇が切れてしまっているじゃないですか」
「ご…め、んな…ぃ」
「聞こえませんね」
「ご、ごめんなさ…っ」

 言い終える前に、彼はそのまま私を床に叩き付けた。
 ボキリ。ああ、何本か歯が折れてしまったのかも。口の中に血の味が広がる。

「なってませんね。それで許してあげるとでも思っているんですか」

 あまりの痛みに床でのた打ち回っている私を、また彼は髪を掴み上げた。

「ぁ…」
「…ふん。まあいいでしょう。貴方のその涙で、許してさしあげますよ」
「あ、ありがと…うご、ざいます」
「だけど…」

 そのままの状態で、私の横腹に彼の拳が入る。胃の中の物が逆流しそうだ。
 が、生憎出てきたのは少量の胃酸だけだった。

「か、…はっ!!」
「貴方を傷つけていいのは、僕だけです」

 忘れないでくださいね、と言い終えるや否や、私は壁に頭をぶつけられた。鋭い痛みに、一瞬真っ白になる。
 ずるずると床に座り込むと、頭から赤い線が出ていた。
 ははっ、と乾いた笑い声が頭上で聞こえる。

さんの血は綺麗な色だ。くすんだ赤なのに、光に当たるとまるで朱色に輝く」

 彼は繰り返し「綺麗だ」と言い、何度も何度も私の横腹を蹴る。それだけじゃなく、投げ出された四肢も踏みつけて、ゴリゴリと骨を鳴らした。
 もはや胃酸も、涙すらもなくなりつつあり、口からはだらしなく流れ落ちる唾液と、掠れた悲鳴だけ。

―――ああ、どうして私は彼を愛してしまったのだろうか。彼を愛さなければ、こうして痛い想いをせずにすんでいたのだろうに。

 だけど私には彼を嫌う選択肢なんてない。
 だって、

「―――…は、じめ…」

 だって、彼の名前を呼ぶと、彼ははっと我に返って止めてくれる。
 彼は聡明だから、そうして自分がした事を瞬時に理解して涙を流しながら私に謝ってくれる。

「あ、すみ…ません。すみません。すみません、!」
「はじめ…」
「僕は、僕はまた…ッ!」

 「!」と私の名前を呼びながら、ボロボロになった私をぎゅっと抱きしめてくれる。
 それがたまらなく、愛おしい。

「いい、の。はじめは、なんにも悪く、ないよ…?」
「だって…また、僕は貴方を…!!」
「あなたの、抱えるものが消、えるのなら、私は、いくらでも、あなたの為に…」
「……! う…ぁあ!!」

 彼の暖かい涙を受け止めながら、静かに目を閉じた。

 あなたの為なら、私はなんの躊躇いもなくこの身を差し上げましょう。
 この痣はあなたが私を愛してくれている証拠だから、大切にしましょう。
 だから、もう泣かないで。

 彼の暖かい温もりを感じながら、私を意識を手放した。







さん、頬どうしたんですか?」

 朝の練習中。後輩の金田君が私の腫れた頬を心配してくれて、そっと氷を渡してくれた。
 それをありがたく受け取り、私はそっと腫れた場所にそれを当てた。

「え、えへへ…。虫歯…」
「虫歯!? て、そんなにひどいんですか」
「え、もしかして相当腫れてる?」
「そりゃもうひどいですよ!! てか鏡見てないんですか!?」
「だって虫歯になるとこうなるんだもん」
「ええ!?」

 怪訝そうに金田君が私を見る。しまった。もしかして嘘ってばれたかな…。
 けれど裕太君が言ってくれた言葉で、私はそっと胸を撫で下ろす。

「ひどい人はそうなんだって。兄貴が言ってた」
「え、不二君って虫歯になった事あるの?」
「まさか! 兄貴にそんな事ありえないっすよ!」
「だ、だよね…」
「昔オレがそうだったんだそうですよ。全く。それを兄貴の奴はいつまでもぐちぐちと言いやがって…」
「そう言えばちゃん、それもどうしたの?」

 それ、と言いながら野村君が指した場所は、頭に巻かれた包帯。
 ああ、これ?と言いながら、その愛おしいそれをそっと撫でる。

「昨日家の階段で滑って血を出しちゃったの!」
、それは胸を張って言う事じゃねーぞ」

 呆れながら答えてくれた赤澤君は、しかし「大丈夫か?」と心配してくれた。

「うん、平気」
「病院には行ったか?」
「行ったよ」
「そうか。観月はこの事は…」

 「知っているよ」と口を開く前に、部室のドアが開いた。

「ちょっとなにしているんです! さっさと練習しなさい!!」
「観月君…」
「あ、ああ…。おい、始めるぞ!」

 赤澤君の一言で、部員みんなは彼の組んだメニューをやり始める。
 私は始めたのを確認した後、ドリンクとタオルを取りに部室へ足を向ける。
 けれど「さん」と彼が私の名前を呼ぶから、それはすぐにやめた。

「なあに、観月君」

 振り返って彼を見る。
 彼は実に楽しそうに口元を上げて、けれど目は冷たくギラギラしていた。


「今日もまた、あの時間に―――」


 ああ、今日もあの宴が始まる。


 私の口元も、知らずに上がっていた。








狂った

(そして狂った愛の印)(それでも幸せなの―――)














ひでぇ…これはひでぇ…。病んでるよ、あたしゃ… orz
でも気分で表すなら \(^0^)/ な気分…。オワタオワタ。
観月さんよりもあっつんの方が似合いそうだけど、敢えて観月さん。
てかこのカップルいろんな意味で崩壊してるね。
むしゃくしゃしてやったんだ、反省はしていない。
けど後悔はしてる←待
Witten by Yukino Enka.

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