この世界は腐っていると思う。
他人が怖いから自分から傷つけ、己が可愛いから自分を守る。
まったく、この世の中は実に腐っていると思う。
「腐っている?」
「だってそうでしょう?」
観月君はそう思わない? と話を振られる。
そんな話をどうして僕に振るのか、僕はいまいち理解出来なかった。
答えられないでいると、彼女はくすりと微笑んで(それは今までで一番綺麗だった)言った。
「まだ、観月君には早いかな?」
「さんは、判るのですか?」
「私にだって判らないよ」
ならどうしてこんな話をしているのだろうか。
判らない。否、判ろうとはしないでいるだけであって、少し考えれば僕にだって判る事だろう。
けれど考えた事で、判った事で、僕は彼女が何を言いたいのか理解出来ないだろう。
「でもね、腐った世界だって、嫌でも判っちゃうの」
「そうですか」
「観月君はそれはない?」
「そうですね」
ないです。と正直に答えれば、何をそんなに楽しいのか、くすくすと笑って「そうね」と僕を笑った。
本来、人というものは笑われたら不快に感じるものだろう。
けれど、残念ながら僕は人じゃないからなにも不快に感じる事はなかった。
「い〜な〜! 私も観月君みたいになりたかった」
「そうですか」
僕みたいとはなんだろうか。理解し難い。
「だったら、何も感じなくて、何も悩まなくて、何も悲しむ事がないじゃない」
ああ、そうだった。彼女は僕がなんなのか、一番よく知っている人だった。
こうして僕が彼女の話を聞いていても、何も感じていない事を、一番よく知っている。
だからこんな話をしているのだろうか。
判らない。
「判らなくていいよ。観月君は、そのままでいいの」
首を傾げると、やはりくすくすと楽しげに笑う彼女が少し傾いた。
未だに彼女は僕を見て笑っている。
「ねえ、観月君」
「はい」
「もしも私が生きてしまっても、私の願いを叶えてね」
はて、彼女の願いだなんて聞いただろうか。
いつ、どこで、なにをして、どうして。
判らない。
判らないけれど、彼女があまりにも幸せそうに笑うから、僕は素直に首を縦に振った。
「うん。ありがとう」
そう言った彼女の笑顔は、やはり今までの中で一番輝いていた。
metamorphose
下の方でサイレンが聞こえる。ああ、あれが救急車の音なんだ。
バタバタと誰かが彼女の名前を叫びながらここに来る。
下を見ると、彼女が幸せな顔を浮かびながら、奇妙な体勢で寝ていた。
本来の人の骨格にはありえない曲がり方。頭部から出てくる大量の赤い体液。
どうしてこんな事になったのだろうか。判りたくない。
ただ一つ言える事は、
貴方を失って初めて悲しいと気付きました。
(醜き世界に、さよならを囁いて―――)
さよなら、醜きこの世界…
Witten by Yukino Enka.
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