長い月日、否、長い年月が経った。もう今日で何年になるのだろうか。数えるのも億劫だ。いや、違う。最初から数える気なんてなかった。彼女を失ったあの日から、それまでの自分の中の時計がぴたりと止まった。
カチリ。アナログの時計なら、針はあの日の午前10時32分から、もう動く事はない。デジタルの年月表示なら、恐らく1996年の5月27日のままだ。自分の、年に一度の祝日の日。
彼女との出会いも、彼女との交際も、彼女とのお別れも、全てこの日だった。
ああ、どうしてこうなってしまったのだろう! 思い出すだけでも後悔の波が押し寄せてくる。あの日、彼女は僕の目の前から消えた。僕の目の前で、彼女の尊い命が、見えなくなってしまった。
ああ、どうしてこの日でなければいけなかったのだろう! どうして僕だけがこんな思いをしなければいけないのだろう!
昔、小さなボールを打ち合い、それで全国を目指そうと奮闘した仲間達からは、僕の気持ちを判っているような口ぶりで同情の言葉と慰めの言葉しか、吐かなかった。仕方がない。可愛そうだ。お前の気持ちは判る。そんなにも落ち込むな。どれも僕の頭には、残らなかった。
僕にとって、彼女は僕の世界だった。
彼女は常に太陽のように輝いていて、そばにいると安心出来る唯一の人だった。こんな僕でも、受け止めてくれる。それはまさに太陽だ。命あるもの全てに必要とされるもの。水と空気と一緒のようで、どれにとってもやはり一番重要なもの。
昔の仲間達も、やはり彼女は必要だった。当時部長だったカレー好きの彼も、口を開けば嫌味ばかりが飛び出してくる彼も、兄と正反対の性格を持つ素直な後輩も、皆彼女を必要としていた。そして当時一人でいたかった自分も、彼女は必要だった。
ピー。機械音が鳴る。そろそろ彼女が起きてくる頃合を知らしてくれた。もうすぐ。もうすぐで、彼女と会える。
定期的に観測したデータと、無意味に流れる現在のデータと比較する。大丈夫、今度は成功する。今度こそ、彼女が帰ってくるんだ!
僕は大急ぎで、彼女が起きやすいように準備を整えた。
裸では寒いから、上には僕とおそろいのセーターを。下には彼女が好んで履いていたジーンズとブーツを。そうだ、彼女の手が冷たくないように、手袋も用意しておかなければ!
ピッピッピ…―――ピー…
ついに彼女が起きた。少し緑がかった瞳が、ゆっくりと見えてくる。僕が好きな彼女の瞳が、僕の顔を写した。ああ、この日を待ちわびていた!
「おはようございます、」
「…―――」
さあ、早く! 早くその口から僕の名前を呼んでくれ!
「僕が誰だか判りますよね?」
「……」
答えない。
無言。
無言無言無言無言無言無言無言無言無言無言無言無言無言無言。
僕は無言で彼女を殺す。
電源を落とされた彼女は、ごとりと音を立てて倒れた。
「……失敗作か」
ああ、また作り直しだ。
僕は18体目のを、作成し始めた。
彼女の人形
(彼は二度と戻らないものをもう一度掴もうとする、愚かな研究者)
パロディ好きだよ。でも元ネタ判んなければ意味がない←
Witten by Yukino Enka.
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