天然ガールと策士ボーイ

 見知った人物が見えて、少女は嬉しそうに声をあげた。観月さん!
 観月さん、と呼ばれた少年は「君」と少女の名前を呼んだ。
 どうかしました?
 今日は先にミーティングを行うので部室に来るよう、裕太君達に伝えてください。
 はい、判りました。

「よろしくお願いしますね」

 そう言って彼女に笑みを見せた観月は、そのままくるりと踵を返してとは反対へ歩いていく。
 彼の背中にお辞儀をして別れを告げた彼女を見ていたは、不思議な顔で二人を交互に見ていた。

「不思議よね」
「え?」
「あの観月先輩が、わざわざ2年の方まで来てそれを伝えに来るなんてさ」
「でも私マネージャーだし…」
「それが不思議なんだって!」
「なにが?」

 なにがってあんた…。
 どこか落胆した様子を見せたに、は首を傾げた。

「2年のところまで来たんだったら、何もあんたの所に来なくたって自分で言いに行けばいいじゃない」
「でも学校は広いし…」
「2年がいる階はそんなにも広くないわよ」

 学校の敷地内は広い。
 だが昼休みではあるまいし、特定の選択科目さえ選んでなければ大抵の休憩時間は自分の学年のHR教室にいる事だ。
 それにデータテニスを得意とする彼の事だ。きっと部員全員がどんな授業を受けるのか判っているはずだろう。
 そうでなくては、毎回のようにに連絡を回してくれと言いに来る彼のタイミングの良さの説明がつかない。
 にそう言われて、は初めて疑問を持った。

「…そう言えばなんでだろう」
「あんた、不思議に思った事はなかったの?」
「うん」
「ちょっとは不思議に思いなさいよ」
「だってそれが当たり前だって思ってたから…」

 その言葉に、は思わず足を止めてを凝視した。
 はその視線に気付かずに、首を捻っては「う〜ん」と考え込んでいた。

「…あんたって子は…」
「え?」
「いいえ」

 首を横に振って、未だ悩む友人に疲労混じりの溜め息と共に言った。











「で、何故毎回僕が貴方に会いに来ているのか理由が知りたいのですか」
「その…友達が聞いて来いって…」

 それに私も疑問に思って…。
 それは以前からですか?
 いえ、友達が言って初めて気付きました。
 俯き加減で申し訳なさそうにいるに、観月は思わず大きな嘆息を付いてしまった。
 それを聞いてぎゅっと強く目を瞑った。

「あ、あの…っ! 急に変な事聞いてすみません!!」
「…いえ」

 とは言ったものの、明らかに観月のそれには大きな疲労と困惑が読み取れて、更にはおどおどとし始めた。
 その後少しの間お互いに沈黙が走った。
 残念ながら部員達は練習の為、今この場にいるのはと観月だけだった。
 ボールが打ち返される音を背景に静まり返っている部室に居辛くなり、は口を開いてこの場から出ようとした時だった。

「好きな人に会いたいから…」

 それまで強く瞑っていた目を見開いて、慌てていつの間にか目の前にいた観月を見た。
 急に開き、飛び込む蛍光灯に目が少し眩んだが彼が真っ直ぐにを見抜いている事はすぐに判った。
 どきり。
 の心臓が早くなる。

「では、いけませんか?」
「…その……好きな、人って…?」

 もしかして、だろうか。
 そうだとしたらきっとお似合いなのだろう。想像して、今度はずきっと痛んだ。
 しかし予想に反して、観月は驚愕したような顔でまさか、と呟く。

「気付いてないのですか…?」
「え…?」

 何の事だろうかと口にする前に、はっと観月は何かに気付いたのか「しまった」と言葉を漏らした。

「僕とした事が。迂闊だった…」

 その後から視線を外し、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
 なにか悪い事でも言ったのだろうかと、意味もなくはあせってしまう。
 なんと声をかければいいのだろうかと迷い始めた頃、しばらく呟いていた観月はその呟きをピタリと止めて、低く「君、」と呼んだ。

「は、はい」
「貴方はどう思っていますか?」
「え?」
「僕が毎回貴方の所に来る事を、どう思われていますか?」

 正直に答えてくださって結構ですから。
 どう…ですか。
 はい。
 どう答えていいのか判らずに、はどうしようかと目を瞑り考えた。

「…特になにも……思っていません」
「…は?」

 予想に反した答えだったのか。信じられないように目を見開いて、まじまじとを凝視してしまった。
 やはりは気付かずにそのまま続けた。

「観月さんが来るのは、忙しいから2年の方まで連絡回している暇はないという意味で私に伝えてくれるんだと思ってました」

 まさかそう思われていたとは、流石の観月も予想外だったらしい。
 そうですか、と打った相槌は心なしか少し沈んでいた。

「だけど、一緒にお話している時や一緒に笑っている時は……その、胸が苦しいんです」
「……」
「観月さんに頼られているなーって思うと凄く嬉しくて、観月さんが何か私に仕事を頼んでくれる事が凄く楽しみで」
「………」
「でも段々観月さんが来る事自体が楽しみになって、それで当たり前になってきて…」
「…………」
「今日も観月さんが来るかなっていつも観月さんを探してて、たまたま観月さんを見かけた時は凄く嬉しく思えて、でも観月さんが他の誰かと話している所を見たら心臓が掴まれたように息苦しくなって…あの……」

 思いつくままに語っているらしいの言葉は文章にはなっていなかったが、それが彼女の本音を意味するものだった。
 観月からの返事がなかった為、は恐る恐るゆっくりと目を開けた。
 彼は未だを驚愕しながら凝視していたが、しかしと目が合うと調子を取り戻したのか、次の瞬間はいつもの自信に満ちた笑みを浮かべた。

「やはり…データ通りだ」
「…観月さん?」
君。率直に言いましょう。それは貴方は僕の事が好きだという証拠なんです」
「え?」
「つまり、貴方は僕を恋愛対象として好いている。そういう事です」

 一瞬どういう意味か理解出来ずに首を傾げて、しかし刹那、かあーっと顔を赤く染めらせた。
 そうしてあたふたと慌てる。

「え、や、だって、え、これ……す、き…?」
「まさか自分の気持ちにすら判らなかったようとは……つくづく貴方は鈍い人だ」

 くつくつと喉で笑われて、ついに耳たぶにまで赤く染まったはぎゅっと目をきつく瞑った。
 羞恥心で目じりに涙が溜まったのがにも判った。
 少し笑いすぎてしまったかと、観月は慌てて笑いを治めて困った笑みに変えた。

「口説いたつもりが口説かれてしまいましたか」
「…それって、」
「もちろん」

 そう言ってぐいっとを自分の方へ引き寄せた。
 小さな悲鳴を上げたを意とも簡単に自分の腕の中に閉じ込めた観月は、満足気に薄く笑った。



「嫌だと言われても離しませんよ。さん」



 ああ。どうしてだろうか。
 胸が幸福感でいっぱいになり、溢れんばかりの気持ちだ。
 は大きく頷いた。













天然ガール策士ボーイ













-----------------------------------------------------------------------
天然も度を越すと殺意しか湧かないという←
しかし天然系は難しいのぅ。
タイトルと内容が合ってないツッコミはなしだよ。黙止だよ。気付いちゃやだよ…。
Witten by Yukino Enka.

-Powered by HTML DWARF-