彼の優しさに、もう少し甘えてみよう
木更津に彼女が出来た。との噂が立ったのは、彼から相談されて二日後の事だった。
思い立ったら即行動。それが木更津の性格だから、別に早くても驚くわけがなかった。
相談という名の愚痴を散々聞かされていた私には、清々したわけだから、喜ばしい事だ。
ただ困った事に、愚痴が惚気という形で、やっぱり私に相談しに来る事となってしまった。
「そこでが俺に抱きついて怖いって泣き出してね―――」
「はぁ」
「一度ご馳走になったんだけど、の豚汁は美味しくてさ―――」
「ほぅ」
口を開けば、私の友達の名前がポンポンと出てくる目の前の男の話は聞いていない。
いや、聞いてないふりをする。
「聞いてないよね」と聞かれると困る。というのは建前だけで、やっぱり彼が好きだから。
叶わないのは分かっている。それでも、好きなのには変わりがないから。
一目惚れ、ていうほどロマンチックになった覚えはない。所詮友達から始まった恋ってやつだ。
クラスで一緒になって、席が隣になって、よく話すようになっただけ。
本当に他愛もない話だったし、最初は私も男友達として接していただけだった。
何か授業で分からないところがあったら、お互い教えあってたり、答え合わせしたり。
時には相談に乗ったり乗せられていたり。
それがいつの間にか恋愛となって、気付いたら私は木更津を無意識に目で追っていた。
そんな恋心に気付いて一週間もしないうちに、木更津から相談があった。
その時はちょっと目障りな女子の愚痴か、と呆れながらも黙って聞いていた。
しかしそれが日に日に違うようになって来て、遂には
『…やっぱ可愛いよね、さんって』
ほぅ、と溜め息を付きながら私の友達に目を向ける木更津に、無性に泣きたくなった。
確かには可愛いし、頭もいいし、優しいから惚れる人は多い。私とは月とスッポンだった。
私には、勝ち目がなかった。
昼休み。とお弁当を持って中庭に行き、普通に食べていた。
あの日木更津がそう言っても、私は極力と普通に接してきたつもりだった。
しかしそれもこの日で終わった。
『ねぇ、ちゃん。木更津君と仲いいよね?』
『うん。どれが…どうかした?』
『ううん。ちょっと……
わたし、木更津君の事好きなの』
足元が崩れ去る感じがした。
でもどこか、これが失恋した気持ちなんだって思う気持ちもあって、すぐに引き攣った笑みをした。
『そっか。うん。そうだね。と木更津はお似合いだよ』
自分に言い聞かせるようにそう言って、出てくる涙を無理矢理笑いで収めて。
は嬉しそうに顔を赤く染めて「そうかな」と照れたように言った。
そんな彼女が憎らしかった。
でも「うん。憎いほど似合ってんじゃん」と笑いながら言う私がもっと憎らしい。
本当なら叫びたかった。私がずっと前から好きだったって。私の方が彼の事を知ってるって。
そう言うと、他人思いなの事だから、すぐに身を引いて私を応援してしまう。
だから言えなかった。
でもそれも建前。
本当は、木更津と私との関係に亀裂が入ってしまうのが怖かった。
だから私は、自分の気持ちを隠して、二人の間を取り持つようになった。
授業中の時、ノートの端をちぎって、隣の木更津にこそっと渡す。
木更津は最初怪訝そうな顔をして、しかし切れ端を見て顔が明るくなった。
またその切れ端が私のところに帰って来て、見やる。
私の書いた文の下に、一言書かれてあった。
『ありがとう』
それと書いた本人の顔が明るい事から、多分今日の放課後告白するのか。
眠いから寝る、とその紙切れに書き加えて、机に伏せた。
涙は出なかった。
「ったく!毎度毎度しつこいぐらい惚気てさ!」
「はいはい」
「しかも今回はまで惚気て来たんだよ!」
「はいはい」
あれから数週間が経った今。二人からの惚気話を散々聞いた私は、こうして観月の元まで来る。
最初は黙って聞いていた観月も、段々聞いてないのか、黙々と部活の事をしていた。
「全く。恋のキューピットをやった私にも労れっての」
「はいはい」
「……好きだった」
観月が動かしていた手を止めたのを気付かずに、私は続けた。
「好きだった。私だって木更津が好きだった」
「…さん」
「が気付くずっと前から木更津の事を知ってた。ずっと前から好きだった」
「でも本当の事を言っちゃうと、はすぐに身を引いちゃうから」
「あの子が好きになったんだから、友達として邪魔しちゃ駄目だから」
「それに木更津との関係も潰したくなかったから…ッ」
その時、観月が席を立って私に近付いて、腕を伸ばしてそのまま引っ張られた。
「泣いてもいいんですよ」
「よく、頑張ってきましたね」
彼のその言葉と温もりが、何故か安心できて、私は途端に泣いた。
「ふぇっ…み、づきぃ!」
「…よく、耐えましたね」
「えっぐ…ふぅッ!みづきみづきみづきッ!」
「…」
優しく撫でてくれる観月の手は、木更津とは違った優しさを持っていて。
私もそんな彼の手に甘えて、彼の制服を濡らしていった。
泣き止むまで彼は私を抱きしめてくれるだろう。泣き止むまで彼は頭を撫でてくれるだろう。
彼の優しさに、もう少し甘えてみよう
Witten by Yukino Enka.
-Powered by HTML DWARF-