今のは、自惚れてもいいのかな…?
学校から少し離れた場所にある、小さな公園。
友達が青学にいる為か、よく私はこの道を通り道として歩いていた。
本当は大通りに入って行く方が安全な道筋だけれど、人が多すぎてあまり好きではない。
それを言うならどこも行けないのが都会なのだが、あの人ごみの中は行きたくない。
最初は危ないからと言っていた友達も、聞かない私を見てか、最近では言わなくなった。
今日も性懲りもなく青学まで行こうと、この公園を横切る。
小さすぎて、なのか、人通りが少ないからか、いつもその公園は子供達が誰一人いない。
今日もそんなパターンだろうとふと公園を覗き、目を瞬いた。
二人用のブランコに、一人の青年がいた。
とは言っても、同じ制服を着ていたから、青年ではない事は確かだ。
具合が悪いのか、じっと足元の地面を睨みつけているかのように見える。
気になって、私は公園の中へ足を踏み入れた。
ブランコまで近寄って、そこで初めて、頭を垂れていたのはクラスメイトの観月君だと知る。
観月君は私が近寄った事が分かったのか、一度私へ顔を向けた。
「……さん?」
「どうしたの?こんなところで」
「それはこちらのセリフですよ。どうして貴方がこんな場所に?」
「ちょっとね。青学にいる友達に会いに寄っただけ」
青学、という言葉にピクリと反応して、そうですか、と言ってまた頭を垂れた。
どうやら言ってはいけないような事を言ってしまったようで、慌てて話題を変えた。
「観月君は?」
「…疲れたので少し休憩を取っていたところです」
「そっか」
確かに疲れたような顔をし、声にもいつもの元気がなかった。
すっと隣のブランコに座り、そのままゆらゆらと足で揺さぶった。
キィキィと錆び付いた音が、辺りに響いている。
ちら、と横目で観月君を見やった。やはり彼は未だに項垂れて、顔を上げない。
いつも教室で見かける彼と違った、今の彼。新鮮に思うのは不謹慎なのかもしれない。
だけど常に前を向いていた彼が、こうして沈んでいる姿を見ていると、そう思う。
それに、気にしている相手だと、特に。
「さんは…確か女子卓球部…ですよね」
「うん。この間負けちゃったけどね」
「悔しく…ないんですか?」
ああ、この感じだと、部の事で沈んでいるのかな。
「もちろん、悔しいよ。あの時私が点を入れていれば、もっと練習していれば、て思ってた」
「…」
「でもね、そこでくよくよ悩んでも仕方がないでしょ?もう勝負はついちゃったんだから」
「…そう、ですね」
「そう。だから次の大会に臨むんだよ」
「けれど僕達は卒業ですよ?」
「うん。私達はね。その代わり、後輩達が来年頑張って部を優勝へ導いてくれる」
「……」
「この体験を踏み台にして、一つ上に上がれるのなら、負けた甲斐があると思わない?」
そこで漸く顔を上げた観月君の瞳は、いつもの輝きがなかったけれど、私が映っていた。
けれど不謹慎ながらそれも新鮮で、私だけしか知らない観月君を知って嬉しいと思っている。
そんな自分を感じて、笑いそうになる。
「…そう、なんでしょうか」
「きっとそうだよ」
「……なんだか、さんに言われるとそんな気がしてきました」
ああ、やっと笑ってくれた。まだ寂しげさが残った笑みだけど、ようやく。
「…貴方のお友達がいる青学に、負けて来ました」
「…そっか」
「そしてついさっき。氷帝にも負けて来ました」
「氷帝…かぁ」
「情けないですよ。今までの苦労はなんだったのか…」
「けどその二校に当たる前は順調だったんでしょ?」
「…そう、ですね」
「ならもういいじゃない?」
「…それもそうですね」
上を見上げると、錆びて素の銅が見えているブランコの鎖の間から、少し暗くなった空が見える。
時間的に、友達はもう帰っている時間だろう。
「まったく。僕がいなくなったらきちんと部を導いてくれるのでしょうかね」
「それを言うならこっちだって心配だよ。あんなやんちゃな子達だから」
「…お互い大変ですね」
「だね」
ごめんね、。今日はそっちに行けそうにもないや。
今は観月君とこうして話している方が断然いい。
彼の意外な一面。私しか知らない、彼の弱音。
「さて。そろそろ帰りましょうか。時間もいい頃になって来ましたしね」
「…そうだね」
「今日は…ありがとうございました。さん」
「ううん。こっちこそ、お役に立てなくてごめんね?」
「そんな事ありませんよ。そうだったら僕はこうして顔を上げていませんから」
「そうかな?」
「貴方は謙遜しすぎなんですよ。こういう時は照れるものなんです」
「じゃあ…ありがとう」
「いいえ」
ああ、もう彼と別れてしまうのか。そう思うと、少し声が震えた気がした。
すっと自然に出してくれた手を、一瞬躊躇って、しかしその手を取る。
彼の長くて綺麗は指は、女の私の指よりも綺麗。
ぼそ、と観月君が言った。
「それに貴方でなければ、こんな弱音、言わなかったでしょうね」
「え?」
「いいえ。さ、行きましょう」
今のは、自惚れてもいいのかな…?
Witten by Yukino Enka.
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