白黒の世界へ堕ちていく
「ねえ、観月君。なんであんたが生き残るかな」
「僕も何故さんが生き残っているのか、不思議ですね」
「随分ひどい言い方。あたし以外に生きている女子がいたら見てみたいね」
「貴方こそ随分な言い方ですね。呪われますよ」
「もう十分呪われているわ。あんたと対面する事によってね」
「それもそうですね」
何がそれもそうですね、よ。
人の気も知らないで。
「けど意外だなー。絶対木更津君だと思ってたんだけど」
「ええ。僕も長期戦を覚悟していたんですが…」
「なあに? その様子じゃあ彼と会わなかったわけ?」
「残念ながら…」
何が残念ながらだ。左手に持っているサブマシンガンは木更津君の物だったはずだ。
「嘘吐きはよくないわね。あんたのその左手に持っているものは何よ」
「ああ、拾いました。さっき、そこで」
そこで、とあいつの後ろにある茂みを顎で指し示す。
いつもながらそんな些細な行動でも、一々様になっているのが気に食わない。
「それに嘘吐きはどっちですか。何故貴方が木更津の武器を知っているんです?」
「彼と会ったもの」
「おかしいですね。それだと今頃貴方はここにいないか、既に木更津が死んでますよ」
そう言って取り出したのは小さな箱。
「…レーダー探知機」
「流石前回優勝者なだけはある。これはもちろんご存知ですか」
「ふん。なに? あんたの元々の武器はそれだったってわけ?」
「失礼な人ですね。これは元々は野村の物ですよ」
野村……ああ、あのテニス部の。
「臆病者にはお似合いの物ですね。こんな物で僕達の動きを把握していたんですから」
「だけどそれには誰が誰なのか判らないはずよ」
「僕が貴方と木更津を判別出来たのは随分後ですよ?」
その言葉が差している意味に気付いて、不謹慎な笑みが零れた。
ほおら。彼は判っている。最初から、何もかもを。
「あんた今までどこに潜めていたのよ」
「ずっと貴方の近くでしたが、気付きませんでしたか?」
「ええ、まーったく! 流石観月君ね!」
「当たり前ですよ」
そう言って勝ち誇ったように笑うから、あたしもその笑みに当てられて笑った。
「当たり前ってあんた! ナルシストにもほどがあるわ」
「けれど実際貴方は僕に気付いていなかった」
ああ、その見透かす視線。何もかもを知っているような視線が。
それが堪らなく好きで、堪らなく嫌いだ。
「ええ、全く気付かなかった。木更津君と最後の会話をしているのを盗み聞きしていたのにもね」
「人聞きの悪い言い方ですね。盗み聞きをしていたわけではありませんよ」
「ならなんだと言うの」
「木更津が貴方に余計な事を吹き込まないか、監視していただけです」
「嫉妬深い彼氏だこと」
けれどそうするように仕組んだのはあたし。
きっと彼もその事はとっくの昔に気付いているはず。
でなければこうして悠長に会話していられるはずがないんだから。
「何も言われなかったわよ」
「いいえ、随分余計な事を言ってました。もっとも、僕が出る前に貴方が動いてしまいましたが」
「だって随分と歯の浮くような事を言われたんだから仕方ないもん」
「それが僕にとっては余計な事なんですよ」
「だったらもっと早くに来なさいよ。普通ここは大事な彼女を守るところでしょ」
「守られる価値のある彼女でしたらね」
「ちょっと。どういう意味よ」
「そのままの意味です」
これが馴染み深い教室の中で、つまらない授業が終わった後の少しの休息中だったなら。
そのまま喧嘩でもしたり、笑い合ったりして話していたのに。
「だからこそ、最後に貴方に会いたかった」
ああ、最後だなんて! そんな言葉、彼の口からは聴きたくなかった。
「ふん。生憎だけど、あたしはあんたの為に大事な弾を使いたくないのよ」
「何の為に木更津の分まで奪ってきたと思っているんです?」
「あんたの自己満足の為でしょ」
「…そうですね。僕の自己満足の為です。判っているじゃないですか。流石僕の自慢の彼女です」
「やめてよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いは流石の僕も傷つきますよ」
「笑顔で何を言う」
それに、と彼が言う。
「貴方の左手の物だって、その為でしょう?」
「やだ。皆まで言わせるつもりなの?」
「いいえ、例えそのボウガンが貴方の友達のさんから奪った物だとは聞きませんから」
「…ほんと、あんたずーっとあたしの近くにいたのね」
「さっきからそう言っているじゃないですか」
「嘘吐きの事は信用出来ません」
「僕も嘘吐きの事は信用していませんよ」
しばらくの間。
誰からだったか。お互いにクスクスと笑いあった。
「『最後は二人で死のうね』って書いたの、あれ実はなんだ」
「ええ。あの字はさんの字でしたね」
「だけどあたしは震えながら渡されたあのメモを、あんたに回した」
「僕もあれには驚きましたよ」
「まさか彼女の友達からそんな風に来るとは思ってもなかったから?」
「いいえ。貴方が僕と死んでくれるとは思ってもなかったので」
「あたしはそこまで冷めた人間じゃないわ」
ううん。冷めた人間だ。冷える所まで冷えて、もう戻れないほどに堕ちた奴だ。
だって馬鹿じゃないのって、メモを見た時そう思ったもの。
「一人で死ぬのが怖くて、他人まで巻き込むなんていいご身分ねって、そう言ってあげたかった」
でもね。
「不思議と、あんたと一緒に死ねるのなら、それもいいかなって思った」
ひどい奴よね。友達との約束を破って、それを彼とするんだもの。
「あの後あたしは呼ばれたから判らなかったけれど、あんたの事だから笑ってたんでしょう?」
「おや、判りましたか」
「やっぱり。でなきゃこうして会えなかったんだしね」
「ただ貴方は唯一ミスを犯した」
「そう、まさか木更津君にそのメモを見られたとは思ってもなかったな」
おそらく見られた時はからあたしに回った時だろう。
彼に回した時は自然な仕草で彼に押し付けたのだから、絶対に見られる事はなかった。
そもそもあたしと木更津君とは距離があったから、絶対に前者だ。
「ていうか、あんた木更津君の気持ち判ってたんでしょ」
「ええ、諦めると思ってましたからあの時は僕とした事が、珍しく取り乱しましたよ」
「そう? あたしには余裕しゃくしゃくだった気がするけど?」
「だってが僕以外になびくはずがない」
きっぱり。ああもう! どうして彼はそうやって言い切るんだ。
「ナルシストにもほどがあるって言ったでしょーが」
「そんな僕が好きなのでしょう?」
「ええ、好きよ。そりゃもー友達を裏切るほど好きよ」
「これはまた随分と投げやりな告白ですね。初めて聞きましたよ」
「あたしも初めて言いましたよ」
そろそろ日が昇ってきた。薄暗かった森が、白い世界へと変わっていく。
「さて、約束を果たしましょう? はじめ」
「そうですね。そろそろですね…」
こんなくだらない世界とはおさらば致しましょう。
すっと彼の米神にそれまで一度も使った事がない右手のリボルバーを添えて。
彼はあたしの米神にきっとそれまで一度も使った事がないベレッタを添えて。
「またね、はじめ」
「また会いましょう、」
パ―――ンッ
『第3回BRの優勝者!! !!!』
初めてあたしは、本当に呪われていたのだと知った。
白黒の世界へ堕ちていく
ああ、何をやってもつまらないわ。
色も、あの日から忘れてしまったの。(全てが白黒に見えるわ)
『第7回優勝者!! !!』
目の前の血が何色なのかも、忘れてしまったの―――
Witten by Yukino Enka.
-Powered by HTML DWARF-