泡になったマーメイド、

それを覚えたのは、彼が私のクラスに編入してきた時だ。私はその日から彼に惹かれた。
偶然にも同じクラスで、偶然にも彼は私の隣に座っただけだったのに。

―――彼を見た途端、胸が焦がれて、呼吸が出来なかった。

こんなに綺麗な人がいたなんて、思いもしなかった。
ううん。綺麗、で片付けられるほどのものではなく、ああ、なんと表現したらいいのだろう!
よろしくお願いします、と口元を歪める彼が、とてつもなく艶めかしく感じて、顔が火照った。

―――ああ、きっとこれが恋

私は、彼に恋をした。
その日から、私の世界には彼の色しか写らなくなった。



それから私達は隣同士という事もあって、仲良くなれた。
彼の口から「さん」と私の名前が呼ばれる度に呼吸が止まる。
彼が私に向けるその笑みを見る度に顔が火照ってしまって、なんだか息苦しくなる。
そして同時に、もっと彼の声を聞きたい。もっと彼の笑顔を見たいと思ってしまう。

―――ああ、なんという我が儘な事なんだ!

私はこれだけで十分なのに、もっと私を見てほしいと思ってしまう。
そんな自分が嫌で、いつも自分の奥底で押し殺して、そして何気ないふりで彼と接してしまう。



ああ、なんと愚かな事をしているんだ、と自分でも判っている。
だけどこの想いを告げると、これまでの彼との関係が崩れてしまいそうで、怖かった。
もし彼に受け入れてもらえなければ、私は今までの関係に戻れる自信がない。
それだけは、避けたかった。

だって彼は私のモノクロで無音の世界で、唯一光り輝く暖かい光。
黄金のような光。
眩しくて、決して誰にも触れられない暖かな光。



私の、想い人―――








愚かな人魚 = 私








(ああ、そんな彼とどうしてあの子が一緒にいるの!)

激しく降り注ぐ雨なんて気にしてもいられずに、ただ目の前の光景に息を呑むだけだった。
テニスの都大会で彼らテニス部は負けて、彼は随分と落ち込んで一週間も学校に来なかった。
心配になって、彼の住む寮まで来た。

(どうして今日来てしまったのだろう―――)

もしも今日じゃなければ、昨日や明日だったなら、こんな光景見なくてすんだのに。
彼が見知らぬ彼女を抱きしめている。それだけでも、胸が張り裂けるほど痛いのに、

(駄目なの、見ちゃ駄目なの…)

そうして二人の顔が重なるのを見ないように、早々とその場を去った。





泡になったマーメイド、
(王子を殺さなかったら、自分が溶けて死んじゃう―――)
Witten by Yukino Enka.

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