Birthday Rainy
しとしとしと
雨音は、重く降り続いていた。
Birthday Rainy
「……雨、降ってきたね」
「そうですね」
しとしとしとしと
目の前にある水溜りに幾つもの波紋を作りながら落ちてくる雫。
真下を見れば、前の水溜りに習って小さな水溜りが数個出来ていた。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
昨日見たニュースでは今日は晴れるだろうと言っていたが、どうやら外れたようだ。
それまで二人で買い物に来ていたのだが、雨のお陰で帰るに帰られない状況だった。
水で服が張り付き、気持ち悪い。
ちらりと隣を見やる。彼もまた気持ち悪そうな顔をしていた。
「…どうしよう。折角はじめの誕生日なのに…」
「気になさらず。こんな日もあるんですから」
ただ途中で降って来るのは災難でしたが。
苦笑交じりで答えたはじめは、重そうに持っていた袋を椅子の上に置いた。
私もそれに習って置いておく。
「傘でも持って来ればよかったんですが…」
「うん」
しとしとしとしと
雨は上がる気配がなかった。
それから二人はしばらく話さなかった。
ただ二人して、ぼぅと降り続く雨を見上げているだけだった。
くしゅん、と私が小さくくしゃみを上げると、はっとしてはじめは私を見やった。
「。風邪引きます。こっちにいらっしゃい」
「え?でも…」
「いいですから。ほら」
ぐいっと強引に腕を引っ張られ、バランスを崩した私をはじめは上手い事腕の中に収めた。
一瞬何事か理解出来なかったが、途端に顔を赤くさせる。
「あ、あの!はじめ!?」
「ほら、こうしていると温かいでしょう?」
言われて見ればそうだった。
濡れた服からでも伝わってくる彼の温もり。とくんとくんと聞こえる、彼の鼓動。彼の匂い。
急に冷えた体が温かくなって来たような感じがし、静かに瞳を閉じた。
そしてふと思い出す彼への誕生日プレゼント。
確か彼が似合うであろう腕時計がポケットの中に入っている。
帰りに渡そうと考えていた物だが、どうせこの雨の所為で壊れてしまったのだろう。
「あ、あのね、はじめ」
「はい?」
「た、誕生日プレゼントあったんだけど…多分雨に濡れて壊れちゃって…」
恐る恐る見上げると、彼はきょとんとした顔をして、そしてくすりと笑みを漏らした。
「いいんですよ。気になさらず」
「でも…」
「これが誕生日プレゼントじゃ駄目なんですか?」
首を傾げられると私は何も言えなくなってしまう。多分それを狙ってやっているのだろうが。
これが誕生日プレゼントたと恥ずかしいが、それではじめの気が済むのなら別にいいだろう。
私は小さく首を横に振った。
「でもこれだけで―――」
いいの、と言いかけた言葉は、彼の唇に吸い込まれていった。
はじめの予想よりも柔らかい唇が私のそれに当たっていて、当然目の前は彼のアップ。
頭がついていけなくて、多分私の顔はポカンとしていたのだろう。
途端はじめが堪えきれないという風に笑い出した。
「っく。はは…。はははっ」
「……ッ!!は、はじめ!!!」
「はははっ!し、失礼…!」
しばらく笑い転げていたが、治ってきたのか、笑い声は聞こえなくなった。
だけど瞳を拭う仕草はいただけない。
「もう!!来年からプレゼントあげないもん!!」
「失礼しました。だから機嫌直してください、」
「嫌。もうはじめなんか知らないもん」
ふと空を見上げると、すっかり雨は止んでいた。
はじめもそれに気付いたのか、静かに立ち上がり、二人分の荷物を手にとって歩き出した。
私はその姿を慌てて追う。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「おや?知らないんじゃないんですか?」
「それとこれとは別なの!」
「随分とお忙しい方ですね」
誰の所為だと思っているんだ。
なんて声に出さずに、私は自然と彼の隣に並んだ。
視界の端に何か綺麗なものが映って、私の足は自然と止まった。
彼も私に合わせて止まってくれた。
「あれって…」
「虹?」
はじめが訝しげに私が指差した方角を見つめ、そして顔を綻ばせた。
「ああ、虹ですね。綺麗です」
「…そうだね」
雨が上がりたてなのと、晴れ晴れと広がった太陽の光のお陰だろうか。
大きく空一面に広がる虹は、まるで私達を見守ってくれているよう。
彼は空いている手をすっと私に差し出す。私もそれに従って、ぎゅっと手を握った。
「はじめ、お誕生日おめでとう」
Witten by Yukino Enka.
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