姉弟誕生日
判らない、と彼は言う。
それは今のこの状況が、なのかこれまでの自分の行動が、なのか皆目見当がつかない。
大方これまでの流れからするときっと後者だろう。
「どうしてそこまでして渡したいのか、判りたくもありません」
でも仕方がないだろう。何せ今日は二人のファンクラブの彼女達にとって(そして自分達にとっても)おめでたい日なのだから。
しかし、とふと隣に目をやって、そうしてまた外した彼を思わず苦笑いするしかなかった。
「だからってまさかがこんなにも貰ってくるとは思ってもいませんでした」
「仕方ないだろう。好意は素直に受け取るべきだ」
それも彼女達に悪気はない…はずだ。
昨年貰ったプレゼント達の中に明らかに用途が不明な奴や、どう見ても怪しげな薬品が混じっていたのは、流石のもしばらくは固まっていた。
今年もそれらがあったなら、一度実験台としてテニス部部員に無理矢理にでも飲ませてみようか。抵抗する奴は先輩命令だと言って無理矢理にでも。
「とは言ってもはじめだってきちんと受け取っているじゃないか」
「ロッカーや机や鞄の中に押し込まれていたんですよ」
受け取らないと仕方ないじゃないですか、と疲れ果てた溜息を零しながら、クルクルと不機嫌そうに前髪をいじりだす。
そんな弟の様子を、くすりと笑いながら近くにあった自分のプレゼントをベリベリと開けていく。
「まあバレンタインじゃないんだ。お返しの事は考えなくてもいいだろう」
「…実は僕達、性別逆の方がよかったんじゃないですか」
「何を今更な事を」
到底女がするような開け方ではない。だが当の本人は綺麗に包まれた包装紙に目もくれず、その中にある物だけを求めて、ベリベリと嫌な音を響かせていた。
お陰でいつの間にか出ていた大きな溜息は、その音で消された。
「第一私達は双子じゃないんだ。正反対の方がバランスもいいだろう」
「何のバランスですか。そもそも何故は今日誕生日なんですか」
「仕方ないだろう。それを言うなら何故はじめは今日誕生日なんだ」
「仕方ないでしょう。僕だって選んで生まれてきた訳じゃないんですから」
「そうなら私だってそうだ」
「ああ、もう!! だったら何故わざわざ中等部に来るんですか!! 貴方は高等部でしょう!!」
「高等部は落ち着かん。ここが一番落ち着く」
「ここは男子テニス部の部室であって女子テニス部の部室じゃないんです!!」
バンッと長机を叩く。少し手のひらがじんじんと響いたが、どうせすぐに治まる。
叩いた振動で山のように積んであったプレゼントが少し崩れて、は小さく呟く。
「はじめ、今ので少し崩れた」
「そんな事はどうでもいい!」
「可愛い弟が誕生日なんだ。祝いたいじゃないか」
「誰が可愛い弟だ!!」
「あ、また何かの薬品だ」
漸く包装紙を破り捨てて目的の物に対面するが、デジャヴを感じてよくも見ずに右脇に置いた。
それに気付いたはじめは、ちらりとそれに目をやり、「ああ…」と呟いた。
「香水ですよ、それ」
「香水? 化粧品か?」
「…。まさか香水も知らないんですか?」
「香水ぐらい知っている。だが実物を見るのは初めてだ…」
そうか、これが…。と嬉々として上に掲げてまじまじと香水を見る姉に、はじめは頭痛を覚える。
それはきっと嬉しそうに香水を手に吹き付けているにではなく、その匂いに当てられてるだけだと思い込む事にした。
「上の姉さん達の化粧品を見てないんですか?」
「私に化粧はまだ早いからな」
「だとしても香水ぐらいは目にした事が―――」
「それに姉さん達、化粧してる所を見られたくないとかでいつも追い出される」
そう言えば実家に帰った時、姉達が出かける用意をしている中いつもはリビングで読書をしていたが、そう言う事だったのか。
一人納得していると、じっとはじめを見つめるの視線に気付き、慌てて顔を上げた。
「どうかしたんですか」
「いや、これは私よりはじめが似合うな、と思って」
「は?」
これ、とはその手にある香水の事だろうか。これまでの流れからしてそうだろう。
だけどその香水は女物である事は明らかだ。デザインにハートをふんだんに使われている。
それを男の自分が似合うだと?と、少し片眉を上げて見やると、彼女は「うん、そうだ」と一人納得していた所だった。
「これははじめが似合う」
そうして嬉しそうににっこりと笑うから、思わず返答に詰まってしまって、視線を外しながら当初考えていた言葉とは違った言葉が出てしまう。
「…そんな匂い、嫌いだ」
「そうか? 私は好きだぞ、この梅の香り」
確かにこの匂いは、が好きな梅に似ている。
夏なのに冬の花の匂いのする香水が売っている事にも驚きだが、そのプレゼントをした女子がが好きな花を知っている事にも驚きだ。きっとそれは偶然なんだろうが。
そう、が好きな香りなんだ。嫌いな訳がない。
だけどこの姉の事だ。そんな事を言ったら姉離れが出来ない弟だと笑うから、決して言わない。
全く、裕太も大概のシスコンだと思うが、自分も大概のシスコンか。
「大体女物の香水を使って嬉しい男なんていませんよ」
「香水に男も女も関係あるのか?」
「あるに決まっているじゃないですか。男がそんな甘い匂いを出してるなんて、吐き気がしますね」
「…そうか。私は梅の香りがする男性は好きなんだが…」
「それは単に貴方が梅好きなだけでしょう」
「……そうか、なら梅の匂いがするはじめは好きだと思っていたのだが、違ったのだな」
そう言って意地悪く笑う。ああ、その笑みは反則だろう。自分が好きな笑みを浮かべてくるのは。
どきり、と柄にもなく胸が躍ったのが判った。きっと今の自分の顔は赤くなっているだろう。
つい最近、赤澤から「お前、さんと同じ匂いがするな」と言われたばかりだ。はじめはそんな気はなかったのだが、どうやら彼女の匂いが自分に付くぐらい、一緒にいるからだろう。
その旨をに伝えると、彼女はクスクスと楽しげに笑って、「それは光栄な事だ」と、笑っていた。
が、まさかここでそれを出してくるとは思わなかった。
くすくすとの楽しげな笑い声で、はっと我に返る。
「はじめ、顔が赤いぞ? そんなにも私にからかわれた事が嫌だったか?」
「っ違いますよ! そもそも僕は梅よりも薔薇が好きなんです」
「ああ、薔薇は私も好きだ。白い薔薇の方がな」
きっとわざとだろう。色も言ってくる辺り、目聡い。
ああ、もう! 全くもってこの姉には敵わない!
「結局嫌ってないじゃないですか」
「なんだ、本当に嫌ってほしかったのか?」
「その方がよっぽどよかったんですけどね」
「心にもない事を言うんだな」
「誰の所為だ」
「私の所為か?」
「……姉さんの所為じゃない」
「ふふっ。全く、素直じゃない弟だな。……誕生日、おめでとう」
「…貴方も。誕生日、おめでとうございます」
もうじき部活も終わる。部員達がここに集まってくるのも時間の問題だ。
その間に、
「姉さんの弟として生まれてきてよかった」
「私も、姉として生まれてきてよかった」
お互いに同じ指輪を渡しましょう。
姉弟誕生日
「それにしても、一緒の物がプレゼントとは…」
「私達、本当は双子だったりしてな」
「…それも案外悪くないですね」
「やっぱり素直じゃないな」
その頃の部員達…
「なあ、あいつら確か姉弟だよな?」
「そうだーね、確かそうだったんだーね」
「クスクス、赤澤も柳沢も、眼科行ってきたら?」
「で、でも木更津先輩! あんな観月さん、観月さんじゃないっすよ!!」
「お、オレも裕太に同意見です!」
「あわわ…ッ! こ、これぞまさしく近親―――」
「ばっか!! 皆まで言うな!!」
「入れないだーね」
「クスクス。いい迷惑姉弟だよ、ほんと」
男勝りなヒロインが書けて満足です
Witten by Yukino Enka.
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